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| ★JAM's
Factory HISTORY Vol.1 『バンド活動開始』 2000.8.17 |
| 今日からここにJAM's
Factoryの歴史を私・店長がここでご説明致します。 あれは12・3年前 高校生2年の時。 夜更かししてテレビばかり見ていた私はいつも昼休みは昼食をとり終わると 自分の席でよく昼寝をしていました。 ある日の昼休み いつもの遊び仲間が『森中ぁ〜!』と体を揺すぶり起こすのです。 『BANDするからドラムやれへん!』とのお誘い。 なんとなく二つ返事。 これが我が人生、第一の分岐点。<<<こんなに軽く返事した事が....(^_^;) 当時はバンドブームであって、クラスの40人中・10人程が楽器をしていた時代。 あまり音楽に興味のない私には前日までは全く関係の無い世界でした。 それまでに、父親からもらったクラリネットを自宅でチャラチャラ吹いて いたぐらい。あとは小中学校のタテ笛を少々。 誘われたその日から気持ちはドラマー......しかしドラムはない。 何週間が過ぎ、ドラムをしたいと言う人間が同級生の中からさらに現れる。 彼はブラスバンドでトランペットを吹いていてドラムにも興味があるとのこと。 で、ツインドラムでいこうかと.....メンバーの意見。 結局、ドラムが手に入らず(練習スタジオの存在すら知らなかった(^^;) 私はそのブラバンの彼からSAXを借りて+リズムマシーンを操る役割となったのです。 当時はBOOWYやプリプリ、ジュンスカなどが流行ってて、その曲をコピーするのが楽しみでした。 最初の曲は忘れもしないレベッカの『フレンズ』....最近リバイバルされてますけど。 主旋律をSAXで。ペットがバックで。Tスクエアーもやったかな〜。 いまでもその時のテープが残ってはいますが人には聞かせれません(^^;) その当時、大阪天王寺にあった三木楽器のアポロ店へちょくちょく 行っておりました。(今はアメリカ村に移ってしまいましたが) いなたい雰囲気の店内には至る所に楽器がおいてありロン毛の店員さんが数人。 店員さんもお客さんもみんな楽しそうにしてましたね。 ある時ドラムを買おうと三木楽器へ。 YAMAHAの初心者用ドラム¥125.000だったかな。バイト代ためて。 で、箱はでかいし親にバレたく無いので送って欲しいとお願いした所 『配達してあげるよ♪』って親切に。 後日、両親のいない日に車で配達してくれたんです。 気さくなお兄さん2人。『頑張って練習してね〜』なんて声かけられて。 ここで『楽器屋さんっていいなぁ』って思いはじめたんです。 周りの連中は『プロになる!』なんて言ってましたが、その時 私は 『楽器屋したい』な〜んて思っていたわけですよ。 卒業後そのバンド解散し一時、就職のためバンド活動を休止するんです。 この続きは次回! |
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Factory HISTORY Vol.2 『楽器店アルバイトへの道』2000.8.19 |
| で、しばらくサラリーマンとして普通の会社に勤めておりまして 数カ月し、職場になれバンドを始める余裕が。 早速、雑誌等をあさってメンバーを見つける事が出来ました。 この時にはハードロックのコピーバンドへドラムとして加入。 そして楽しい日々.... その後どんどん、バンドへの気持ちが大きくなる反面、仕事が突然 きつくなってったんです。 毎日、朝6時前に起きて7時過ぎ出社。退社は23時過ぎ。 家に帰ると00:00をこえ睡眠時間は4時間ほど......こんな生活が2,3カ月ほど...... 『半年はこの仕事』ということであったためここでダウン。 数年に1回こんな事がその会社ではシステム上あったのです。 本来ならば自分の上司がする仕事だったのですが上司がその仕事が入る直前に人事異動。 給料はよかったのですが..........バンドをしたいし体が持たない....... とうとう逃げ出してしまったんです。 若かったですわ(^^;)..いまだに後悔してます.... その後、あてもなく1カ月ほどぶらぶらしていたんです。 ある日、梅田で遊んでいて『トイレにいきたい』と相方が....... 探していると、とある楽器店の横にトイレが.....待っている間に楽器屋を覗くと 『アルバイト募集』のチラシが! 『これだ!』と電話番号をメモって翌日に電話。 そして面接.... 『楽器のパートは?』 「ドラムです!」(スティック持って数カ月目ですが...)←心の中の言葉 『ギターは弾けるかね?』 「少々なら」(ウソ ^^;)←心の中の言葉 『チューニングはできるよね?』 「ハイ!」(ウソ ^^;)←心の中の言葉 『年末だから人手がいるから早速きてほしい』 「ハイ!!」 年末年始のために雇う側も必死であったのと こちらも必死な為『ウソ』を付いた事が採用の決定打となり.... で、採用になってしまいました(^^;) その後、この楽器店で1年半修行するのですが........ この続きは次回のおたのしみ〜 次回は『楽器店での修行そして裏側』 |
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Factory HISTORY Vol.3 『楽器店での修行そして裏側』2000.8.24 |
| 初出勤が12月の半ば。 こんなドタバタしている師走に入社するととんでもない事になる。 まず、忙しいので何も教えてもらえない 次に、みなさん気が立っているのであまり愛想が良く無い 結果、仕事が全くわかっていないしできない こんな日々が年始明けても続く...... 入社2日目 『あの〜このBOSSのオーバードライブ、ベースでも使えますかぁ?』 メタル系の強面(こわおもて)のお兄さんが容赦無しに店員初心者の私に...... 『ううっ、どぉ〜でしょう〜?ちょっとまっててください〜〜。』おろおろっ(ToT)” これが今でも忘れぬ最初の接客でした。 結局、先輩に 『あのぉ〜『ボォスのバードライブ、ベースでも使えますかぁ?』って聞かれてるんですけどぉ』 (いってる私が意味がわかっていないToT 伝言ゲーム状態....) と、なんとも弱気で目を潤ませている私がいました。(情けなや。情けなや〜) そして先輩が 『いけますよぉ!音出してみますぅ!(^o^)』とフォローしてくれたのです。 楽器店では店員の知識の教育は現場の(お客さんとの接客の)中で実践で行うんです。 これがよく聞く『店員の知識が低い』なんて事になるのです。 あとは自分自身で本や雑誌を呼んで自主的に勉強するんですよ。 ですから、個人の意識が低いと質の悪い店員が育つ。 店全体が高い意識を持っている店は自然と店員も実力が付いていきます。 しかし残念ながらこの楽器店はお世辞にも『高い意識を持った店』ではありませんでした。 売上が良ければほめられ、悪ければ怒られる。 勝手に店内の整理や値札を作ったりすると怒られ、電話をアルバイトがとると叱られ ギターを弾くと怒られ、店員同志の会話も些少しか許してくれませんでした。 お客さんのターゲットはもっぱら初心者。しかも、親子連れ。 初心者ギターセットや初心者向けキーボード、管楽器を定価の1〜2割り引きで売ることがほとんど。 他店は2〜2割5分引きで販売しているが立地条件がいい為その必要が無かったようです。 『安くなりませんかぁ〜?』には 『そうですね、じゃあ大負けに負けて1割引いておくよ!』でサービス品を付ける。 この繰り返しでした。 値引きしないで売ると誉められるんです。 この時、時給は550円。マクドナルドの時給が700円。 交通費支給無し...... 昼ゴハンは毎日パンか立ち食いうどん。 おかげでスマートでしたが。 これが憧れの楽器店の実体でした。 結局、この楽器店は1年半ほどで辞めてしまいました。 『楽器店はうんざりだ......』そう、夢は音を立てて崩れて行ったのです。 次回は『再びサラリーマン、そこで得たものは?』 (いつJAM'sがでてくるね〜〜〜〜んっ!^^;) |
| ★JAM's
Factory HISTORY Vol.4 『再びサラリーマン、そこで得たものは?』2000.8.29 |
| その後、夢破れ 半ば開き直りに近い状態で何週間も過ごす。 転職専門誌を片手にバンド活動を続け、なかなか楽しい日々が続く。 とある、製薬会社へ面接に行きすぐに採用通知が来てあっさり就職。 このころはバブル崩壊直前であったため仕事は条件を選んで決める事も可能だった。 『土日休みで給料がそこそこ。』 バンド活動継続には必要不可欠な条件でありました。 入社後、会社とバンドのバランスも上手く取れ活き活き、毎日を過ごせたんです。 この会社では臨床試験薬や芳香剤、殺虫剤などをラインで製造しており、その現場を仕切る役割を 与えられました。 パートさんやアルバイトを=うまく=使って商品を生産する。 薬や油を全身ドロドロにかぶりながら目標数を達成する事のみに執着して必死に働く。 違った意味で『薬づけのミュージシャン』でありました(^^;) 毎日『今までの生産個数記録を必ず抜く!』を胸に頑張っていたのです。 一番で無きゃ嫌な性分でして....^^ ここでは『人の扱い』『効率良い仕事の仕方』『自分の実力』『機械や電気系の知識』 『アイデアの実現の仕方』などを実践で吸収していったのです。 ああっ、あと『フォークリフトの免許』も収得しましたし(^^;) ここで1年半、100時間以上の残業にも絶え薬まみれになり仕事をしていたんです。 しかし、あるキッカケが私の心に火を付けさせたのです。 入社後1年数カ月の春。 同期で入社した大卒の社員さんすべてが『主任』と言う役職につき私は『平社員』のままでした。 すぐに『大卒の方々より仕事はしていたし出来ていたのでは?』と会社側へ直訴。 ここである事実にぶち当るんです。 『大卒は1年で主任、高卒は2年で主任、決まっているんだよ。』と...... また、壁にぶちあたったんです。 しかし残念ながらこの壁は結局、壊れる事無く身を引くんです。 直属の上司が涙こらえて見送ってくれた事を今でも思い出します。 『お前みたいな人間が頑張って時代を切り開かなあかんのや.....』 ある社員さんの言葉に胸打たれ、この会社を後にするんです。 『自分の夢を再び起動させる必要がある』と。 今までの人生の中でこの『自分の夢を再び起動させる必要がある』 と感じた事が実は2回あるんです。 それは.....次回のお楽しみ! 次回は『骨を埋める場所はここかも?』です。 では、また来週〜〜うんがっごっごっ(サザエさん風に) |
| ★JAM's
Factory HISTORY Vol.5 『骨を埋める場所はここかも?』2000.9.7 |
| で、数カ月後、たまたま知り合いが大阪心斎橋のビルの上の方にある大手楽器店(^^;)で バイトしていて、幸運にも『バイト募集しとるよ〜』と連絡をくれたんです。 早速、電話連絡して面接に行くことにしました。 「ギター/ドラムフロア アルバイト募集!」とエレベーターを降りたらすぐに目に飛び込んできて すぐさまレジの知り合いに『面接に来ました』と。 『じゃあ、マネージャールームへ行って!』と指差されその方向へ進んだんです。 その指差す方向には、たまたま『桑名 正博氏』が店頭でオベーションを弾いておられ 「すっげ〜、ミュージシャンがいっぱい来るんだ」なんてワクワクしておりました。 で、面接。適当に進み、後日電話連絡と言う事。 数日後『心斎橋のビルの上の方にある〜楽器の〜と申しますが〜』と一本の電話。(^^;) 『デジタル/シンセ/PAの担当になっていただければ採用なんですが〜』 「@@?えっ、ギター/ドラムじゃないんですか?」 『ええっ、そうだったんですが今回はデジタルフロアに変更ということで......』 (デジタルって〜全くわからんし〜どうしよ〜、持ってるリズムマシンしか触れんし〜) 「はいっ!デジタル担当でかまいません!....(言い切ってしまった....)」 全身の勇気を振りしぼって出た一言。 そして、採用。 数日後からみごと!この楽器店で働く事が出来たのです。 実は面接に何人も来られていたようですが ・楽器店経験あり ・知人が勤めていた この要素が決定打となったようです。 で、その日から仕事が面白くて面白くて。 以前勤めた楽器店とは全く体制が違い、自分のやりたいようになんでも出来たんです。 アイデア/システム/コンピューター/接客.....やる気を見せれば認めてくれまして。 どんどん、他の店員さんとも馴染んでいき楽しい毎日が続きました。 で、ミュージシャンも多く来られ ・スティーヴィーワンダーをはじめに甲本ヒロトさん・プリプリのキーボードさん ・高崎 晃さん・沢田タイジさん・ギョーザ大王の面々・鈴木 爛々さんなどなど、 まだまだ有名な方々が来られておりました。 スティーヴィーワンダーにシンセサイザーの接客をさせてもらい『彼の指』を握って キーボードの操作ボタンを押した事がいまでも忘れられません。 いろんな常連のお客さんができライブを見に行ったり遊んだり。 店頭では親身になって相談に乗れたり。 「あ〜楽器屋ってこうでなっくっちゃ〜!(^o^)」と思うようになりました。 昔に思った理想の楽器店で働く事が出来たんです。(日々勉強/日々努力でしたけどね) デジタル担当がある程度慣れてきた頃に通信販売の担当となり 初心者向けギターセットの注文受け商品を仕入れ発送致しておりました。 一日に5set、多い時で15setも注文がありましたね。(梱包と発注の日々) これが慣れた頃には中古フロア担当となったのです。(買取と調整の日々) この楽器店はこういったシステム開発に前向きで年に数回、人事異動がありました。 その度にアイデアを出しあってスムーズに仕事やサービスを行えるように努力していたわけです。 仕事が替わっても面白く「社員になりたいなぁー」なんて口に出すようになっていたんです。 「ここで骨を埋めてもいい!」なんて真剣に思いはじめるんです。 しかし!ここでまたまた、挫折しそうになるんです。 『大卒の方しか社員になれません!』 (うっそ〜ぉ〜!楽器店でもそんな事を〜!前にも同じような事が〜!) そうです、学歴区別(ある意味差別ですよね、多分.....)。 「絶対に打破してみせる!高卒でも有能な人間が上にあがれるように!」 しかし、幸いな事に周りの社員さん達/店長が社内メールで社長に直訴して下さったんです。 数日後、社長が本社から来られた際に軽く面談。後日通知するとのこと。 で、何週間も待つのです。 その間にある話が飛び込んできました。 とある社員さんが退職すると言う話。何かイヤな予感が! 『社員に採用になるかも、ただし前任者が退職したと同時に.....』 そう言う事になってしまいました。 [前任者]が辞めて一枠空くから.....これが、とても引っ掛かったんです。 そこで再び思ったのです。『自分の夢を再び起動させる必要がある』と。 その言葉を頂戴してから数日間考え 「残念ながら訳あって退職したく思います。」と店長にお伝えしたのです。 実はその数日間に、ある方面の友人とお好み焼き屋さんで企画書片手に 「楽器屋しようかっ!」と彼(実はクラフトマン)に誘いをかけていたんです。 その友人は二つ返事で色々なアイデアを提案し......そこからJAM's Factoryが始るのです。 次回は『やっとOPEN!しかし、苦悩の日々』 ほんと、やっとです。ここからさらに面白くなる〜!かも? |
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Factory HISTORY Vol.6 『やっとOPEN! しかし苦悩の日々』2000.9.15 |
| 実は JAM's
Factoryは1996.10.1 OPENを目処に活動を開始していたのですが 私の誕生日が6月25日、その時 24才。 24才の内にどうしても開業したかったのです。 25才では起業する事は普通ではないかな?? .....なんて何の根拠も無しに動いたのです。 実質の準備期間は2カ月間。 準備は楽器店のバイトをしながら1カ月 辞めて1カ月 ほとんどこの間、寝てませんでしたね。 バイトから帰ってきて朝まで棚造りや壁塗り/配線などの内装をし、昼前になるとバイトへ行き... 若かったですね。あの頃。なつかし〜。っていっても4年程前の話なのですが。 中古楽器の仕入れには知り合いやリサイクルショップやパソコン通信などを使い やっとの思いでギターを10本ちょっと,シンセやエフェクターを30点程。 1996.5.16 はじめて税務署を訪れ開業届を提出しに行きました。 そして1999.6.1 OPEN! お待たせ致しましたぁ〜 JAM's Factory HISTORY ながすぎっ!ってお言葉が他方面から寄せられています(^_^;) 当日 店頭に飾ったギターは20数本。 そのうちの半分は知人から借り『非売品』と値札を付けて店頭で『展示』 数カ月間『楽器のない楽器屋さん』と言われておりました(^^;) 12:00オープンと同時にドバ〜っとお客さんが..........いるわけありません(T_T) 12:15 初めてのお客さんが..... オープン初日はBOSSのDS-1¥500など特価品を用意しておりまして 特価のZO-3が記念すべき第1号となりました。 そうしていると知人や友人、お客さんがドバ〜っと駆け付けて頂き初日の来客数は100人弱。 ギターも飛ぶように売れ(困りました.....更にギターが店頭からなくなって行くんです) 閉店後オープン記念パーティーを店内で盛大に行いました。(30人程が参加、座る所がない程) 初日はそんなこんなで大成功となり...... 翌日からはお客さんが1日に3,4人。 店内でコーヒーをたてて楽器やバンドについておしゃべり。 そしてギターを集め、調整する日々が続くのです。 もちろんのこと売上は上がらず『牛丼屋』にでもバイトに行こうかと思った事も多々。 しかし、この「地道な動き」が徐々に口コミで広がり..... いつしか人が集まって頂けるようになるのです。 「地道な動き」の内容----(参考にしてみてください) ○町中でギターを持っている人がいれば、追い掛けて名刺やビラを渡し ○スタジオやライブハウス、CDショップを廻りビラを置いて頂いて ○ギターはボロボロのものを仕入れペグのネジまで外し全て綺麗に磨き ○お客さんの楽器相談から人生相談まで ○ストリートなどで演奏して宣伝して ○夜中に『弦持ってきて欲しいんだけど〜』と 近くのライブバーへギター弦の配達 ○店頭で明け方まで接客し(朝7時が最長記録) ○店頭でお客さんとセッションの日々.......などなど。 ------------------------------------------------------- 約半年で相方のクラフトマンと意見があわず彼は退社して行き 新しく不動主任が入社。 この頃からやっと、ギター雑誌に広告を掲載。 その後、他方面からの引き合いや『関西ウォーカー』『PIA』『新聞』等にも掲載頂き さらに口コミで広がり店は上手くまわり出すのです。 最近、この地道な動きが私自身 欠けてきてるように思います。 文面を書きながら『初心に戻らなければ』と強く感じました......... 楽器店を立ち上げようと思われる方......参考にして下さいね......(^^;) 参考になるかなぁ〜?? JAM's Factory HISTORY おしまい |
| 【店長日誌2001年版】 |
| 【店長日誌2001年版へGo】 ■ I want to be a craftsman ■ SUPER SESSION ! |
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Factory 頑張るバンドマンをサポートしたい楽器屋さん 06-6211-3680 〒542-0077 大阪市中央区道頓堀1丁目東3番17号 定休日/月曜日 営業時間/12:00-21:00 http://www.jamsfactory.com |